芸術探訪の旅③になります。
①はこちらです。
新宿のSOMPO美術館でゴッホを堪能した後、表参道に移動し岡本太郎記念館にやって来ました。
岡本太郎記念館
東京都港区南青山6-1-19
ここ岡本太郎記念館は、1996年、84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった。1954年から40年以上彼が生活した空間である。
絵を描き、原稿を口述し、彫刻と格闘し、人と会い、万国博の太陽の塔をはじめ巨大なモニュメントや壁画など、あらゆる作品の構想を練り、制作した場所。
彼のエネルギーが今も満ち満ちている。
更に言えば、ここは戦前は青山高樹町三番地。
岡本一平・かの子・太郎の一家が永く暮らし、一家でヨーロッパへ旅立ったのもこの地からだ。旧居は戦災で焼失した。
戦後、友人の坂倉準三の設計でアトリエを建てた。
(岡本太郎記念館HPより)
岡本太郎の公私にわたるパートナー・岡本敏子の手によりこの岡本太郎記念館が誕生したのは1998年5月。太郎没後からわずか2年余りのことでした。
(岡本太郎記念館HPより)
こちらの岡本太郎記念館はかつて太郎さんのアトリエ兼住居で、亡くなってから2年後に敏子さんによって記念館になりました。
太郎さんの作品はとてもエネルギッシュな印象ですが、それらを制作したエネルギーに満ち溢れた場所に一度行ってみたいと思っていました。
やっと来られて嬉しいです。
このあとオランダに行く予定でなければ、神奈川県川崎市の川崎市岡本太郎美術館へも行きたいと思っていましたが、ちょっと時間がかかりそうなのでまたの機会に。
川崎市岡本太郎美術館と岡本太郎記念館の違いについて、HPに記載されていました。
太郎は生前、完成作のほぼ全量に相当する1800点を川崎市に寄贈しました。川崎市岡本太郎美術館はこれを基盤に設立されたものです。
いっぽう当館(岡本太郎記念館)が所蔵するのは主として未完成作品やマルチプルなど。そういった作品やエスキース、関連資料等を企画展のコンセプトと文脈に沿って構成し、ご覧いただいてきました。
(岡本太郎記念館HPより)
現在、岡本太郎記念館では開館25周年記念として「令和の蔵出し」という企画展が開催されております。
この25年のあいだに収蔵作品の大半はお披露目しましたが、開館後にご寄贈いただいたものなど、まだ一度も公開していない作品もわずかながら所蔵しています。そのなかには50年代初頭の油彩や未発表彫刻の原型など、太郎史に刻まれるべき貴重な作品も含まれています。
開館25周年を記念する本展では、そうした作品群を一挙に蔵出ししようと思います。
初期の代表作に比肩する油彩、かつて見たことのない形の造形、モニュメント拡大用の原型、幅5.5mにおよぶ絨毯など、秘蔵作品の数々をどうぞお楽しみください。
岡本太郎記念館館長 平野暁臣
(岡本太郎記念館HPより)
では中に入りましょう。
太郎さんです。
太郎さんがいます。
太郎さんと敏子さん。
太陽の塔もありました。
1982年はわたしも子どもだったので岡本太郎さんのことはまだ知らなかったと思いますが、一番上の白いテレホンカードは見たことがあるような氣がします(実物ではないだろうけど)。
漢字を表していたのですね。知りませんでした。
テレホンカード懐かしいですね。
しかも電電公社!
絨毯の作品は初めて観ました。
すごく大きかったです。
太郎さんの絨毯が自宅に欲しいです💖
お庭にも作品がありました。
作品はどれもエネルギーそのものですね。
記念館は作品点数としては多くはありませんが、太郎さんが過ごされていた空間なので、特別な場所だと感じます。
アトリエも観ることができました。
ありがとうございました😊
④に続く!
🎨東京・オランダ・ベルギー芸術探訪の旅🎨
<東京編>
<オランダ編>⑥~⑭㉓
<ベルギー編>⑮~㉒
⑰ノートルダム大聖堂~『フランダースの犬』のネロが観たかった絵を鑑賞
㉓オランダ・スキポール空港内の無料美術館!アムステルダム国立美術館 分館
<番外編>
ゴッホ『夜のカフェテラス』『アルルの跳ね橋』が日本にやって来る!